ロボット支援副腎摘除術
病名・病態
副腎腫瘍には、ホルモンを過剰に分泌する「機能性」と、そうではない「非機能性」があります。機能性副腎腫瘍には、原発性アルドステロン症、クッシング症候群や褐色細胞腫などがありますが、ホルモン過剰分泌により全身のホルモンバランス異常をきたすなどの様々な問題が生じるため、薬物治療で効果が不十分な場合など手術が必要になることがあります。非機能性副腎腫瘍は、良性腫瘍が多いのですが、経時的な増悪傾向がある場合や腫瘍内部が不均一な場合などは悪性の可能性を疑い、摘出する場合もあります。術式は、腫瘍径などで症例毎に検討します。
現在、本邦では副腎悪性腫瘍に対するロボット支援副腎摘除術は保険収載されていません(2023年10月時点)。
目的・必要性・有効性(過去の実績を含む)
機能性副腎腫瘍により全身のホルモンバランス異常をきたしている場合、副腎腫瘍を摘除する必要があります。副腎腫瘍を摘除することにより、全身のホルモンバランスの正常化を目的として、様々な症状の改善を図ります。
今回の治療における当院の実績について
当院では2023年10月の時点で200例以上の腹腔鏡下副腎摘除術で行ってきました。2022年4月より本術式(ロボット支援副腎摘除術)が保険適応となり、2023年11月より当院でも実施可能となりました。
当院の設備・体制について
当院泌尿器科では2014年9月よりロボット支援手術を開始し、2023年10月の時点で1,100例以上のロボット支援手術を行ってきました。現在、日本で使用できる手術支援ロボットの最新機種である“ダヴィンチXi”が導入されております。また、ロボット支援手術に精通したスタッフ(泌尿器科医、麻酔科医、手術室看護師、臨床工学技士等)が揃っています。
術者の専門的資格及びこれまでの経験について
当院泌尿器科には日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会が認定した泌尿器科腹腔鏡技術認定医がおり、執刀医もしくは指導的助手として手術を担当します(2023年10月時点で7名)。また、ロボット支援手術に熟練し指導的立場にある泌尿器ロボット支援手術プロクターの資格を有する医師も複数所属しております(2023年10月時点で4名)。
副腎腫瘍に対する副腎摘除術は国内外を問わず広く行われていますが、開腹手術では手術中の出血量が多くなる可能性が高いこと、手術時間が長いこと、傷の大きさが約20cm前後と大きく術後の痛みが強いこと等の問題点があげられます。そのため回復が遅く、社会復帰に時間がかかる手術であるとされています。この開腹手術の欠点を克服するために考案されたのが腹腔鏡手術です。腹腔鏡手術では出血量が減少し、術後の痛みが軽減し、結果として早期の社会復帰が期待できる非常に利点の多い術式と考えられましたが、技術的に操作性の限界があるというのが欠点でした。ところが、2012年4月にロボット支援手術が保険適用されるようになって以来、ロボット支援手術に習熟した術者が数多く育ち、2022年4月よりロボット支援手術を腹腔鏡下副腎摘除術に行うことが保険適用となりました(本術式は高難度新規医療技術です)。手技的には、腹腔鏡手術と類似の操作をロボット支援下に行うものですが、従来の腹腔鏡下手術では困難な操作が可能になり、より繊細で、正確な手術を行うことができ、根治性、安全性においてより優れていると考えられています。
従来の手術による開腹手術や腹腔鏡手術に比べて、以下の点で優れていると考えられています。
- 傷が小さく痛みが軽度。
- 術後の回復が早い。
- 出血量が少ない。
- より繊細で、正確な手術を行うことができる。
治療内容・注意事項について(予想される経過)
ロボット支援副腎摘除術の手順
- 全身麻酔下に手術を行います。
- 腎摘位(患側を挙上する横向きの体位)で固定します。
- お腹に1~2cmの穴を4-6個あけて手術を始めます。
- 副腎周囲の組織や臓器を剥離して、副腎の前面を展開します。
- 中心静脈や副腎周囲の組織などを処理し、副腎を完全に遊離します。
- 副腎を袋に収納し、カメラの創を広げ、袋を摘出します。
- 手術した場所にたまった液体の排除や術後の観察のためにドレーンという管を留置します。
手術時間は病態にもよりますが、およそ3-5時間を予定しています。
一般的な術後経過
- 手術した場所に入れておく管(ドレーン)がおなかに入っていますが、術後2-5日で抜去します。(状態に応じて長くなることもあります)。
- 尿道カテーテルは、病態によりますが、2-3日で抜去します。
- 術後数日でベッドに座るところからはじめ、歩行していただきます。
- 術当日は絶飲食ですが、翌日以降、病態に応じて水分、食事を摂ることができます。
- 術後数日は感染がなくても発熱がみられることがあります。
- 術後約1週間で退院となります。
上記はあくまで順調な経過の場合です。経過には個人差があります。また一定の割合で合併症を併発することが知られており、治療を要する場合がありますのでご了承ください。
副作用・合併症・偶発症の危険性と発生率およびその発生時の対応
(以下に示すデータ:2023年11月30日現在)
手術中
発生率 | 対応 | |
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出血 | 数% | 手術は、血管を処理しながら慎重に行いますが、それでもある程度の出血が予想されます。一般的に、開腹手術に比べて腹腔鏡手術では出血量は少ないものの、予想以上の出血があった場合には輸血が必要になる場合や、開腹手術に移行する場合があります。 |
周囲臓器損傷 | 約1% | 副腎は腹腔内において小腸や大腸をはじめ肝臓・脾臓・膵臓などと隣あわせのため、「腫瘍病巣」の拡がり具合や癒着、さらには手術の操作などにより、やむを得ず損傷をきたすことがあります。万一、損傷した場合には、修復を行います。腹腔鏡を用いても開腹手術でも周囲の臓器損傷の危険性は同様にありますが、臓器損傷が起こった場合には腹腔鏡手術から大きな切開をおく開腹手術に移行する場合があります。 |
開腹手術への移行 | 約5% | 腹腔鏡手術では操作が難しい場合、出血、他の臓器の損傷、高度の癒着や手術合併症により安全性が確保出来ない場合は、開腹手術へと変更することがあります。 |
ガス塞栓 | 約0.001% | 手術用ガス(二酸化炭素)が血管の中に入って血流の悪化を引き起こすもので、まれではありますが突然の血圧低下や不整脈を伴う危険な合併症です。ガス塞栓を疑った場合は即座に手術用ガスを止めた上で純酸素を吸入する必要があります。その後、血圧・酸素化などの全身状態が改善し、手術継続が可能であれば、開腹手術へ移行する場合があります。 |
皮下気腫 | 0.3-3% | 腹腔内に注入する手術用ガス(二酸化炭素)が皮膚の下にたまることがあります。通常は経時的に自然に吸収されますが、頚部まで皮下気腫が広がり気道の圧排による呼吸不全が考えられる場合は、気道確保が必要なため、術後も気管挿管を維持し麻酔からの覚醒が遅れる場合があります。 |
極めてまれですが、手術支援ロボットや他の手術関連の機器不良のために、麻酔をかけた後に手術が開始できないことがあります。また、手術中引き返すことが出来ない時点で機器不良等が発生し、本手術が続行不可能になることも非常に低い確率ですがありえます。その場合、通常の腹腔鏡下手術で続行することを試みますが、それでも不可能な場合は、開腹手術へ移行します。
手術後
発生率 | 対応 | |
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皮下気腫 | 0.3-3% | 二酸化炭素が皮膚の下にたまって不快な感じのすることがありますが、数日で自然に吸収されます。 |
深部静脈血栓症による肺梗塞 | 約0.03% | 手術中・手術後に足や骨盤の静脈に血栓をきたすことがあります。できてしまった血栓が肺・心臓・脳などに入り梗塞をおこすことがあります。これは非常に生命に危険な合併症です。これを予防するため、術中から術後にかけて下肢に弾力性のある包帯を巻き、足をマッサージする装置を装着するなどの予防処置をします。 |
感染症 | 2-35% | 傷の感染や腹膜炎、骨盤内の感染がおこることがあります。また、尿路の感染症をきたすこともあります。薬が効きにくい細菌に感染すると創の治りが遅れることがあります。感染部位によっては重篤になることもあります。感染をきたした場合、抗菌薬の使用や処置が必要になります。 |
腸管の合併症 | 10-22% | 手術後に腸閉塞という状態がおこる可能性があります。これは、腸管の麻痺がつづく場合は鼻から胃・腸管までチューブを留置する処置が必要になります。腹腔鏡手術、開腹手術でも同様に起こりえますが腹腔鏡を用いると腸管の麻痺の期間などが短縮されると報告されています。腸閉塞や縫合不全が高度になると、開腹手術を行って癒着の解除や修復手術が必要になることがあります。 |
創ヘルニア、傍ストーマヘルニア、鼠径ヘルニア(脱腸) | 約1% | 創の下の筋膜がゆるんで、腸が皮膚のすぐ下に出てくる状態で、再手術が必要になることがあります。 |
これらの合併症は、従来行ってきた腹腔鏡手術と比較し、ロボット支援手術で同等もしくは低頻度であるとされています。
その他
直接手術に関連しない合併症:まれに脳梗塞、肺梗塞、狭心症、心筋梗塞など主として高齢者に多い血管疾患が発症することがあります。いつでも起こりうることが、偶然、入院中、もしくは手術中に発症するものです。手術を直接の原因とするものではありませんが、診断次第、迅速に対処いたします。
本人の立場で医療チームが判断し、患者さんにとって最善と思われる選択を行います。ここに記載した以外の不利益や、それ以外の予想できないが有害事象・合併症が出てくることがあるかもしれません。何か変わったことや気付いたことなどがありましたら、医師にお知らせください。診察・検査を行い、患者さんにとって最善と思われる適切な治療を行います。また、緊急となる状況が発生した場合は、対処する緊急処置を行います。