ごあいさつ
 
コラム  
 
 
『敵とはなんぞや?』(Fighting against what?)(平成14年1月)

 21世紀に入って2年近く経ちますが、同時多発テロを始めとする世界の情勢には本当にただならないものを感じさせられてしまいます。そしてそうした情勢に浅はかに対応しようとする日本の様子にも大きな危惧を抱かずにはいられません。

 ところで臨床家として研究者として、微生物という『敵』とそれに対抗すべき免疫系という『自衛隊』、そして抗微生物薬という『傭兵?同盟軍?』を扱っている私には、どうしてもそれが国内外の情勢と重なって見えてしまいます。

 微生物が私達に病気を引き起こす機序は様々です。典型的には、彼奴等は直接私達の組織臓器を攻撃し破壊します(これは例えば赤痢菌が腸管粘膜をズタズタ に壊す(赤痢)ようなものです)。賢い奴等は密かに領土に侵入し国民をたぶらかし煽動して内乱を引き起こさせたりします(EBウイルスなどによるウイルス 発癌がその例になります)。侵入してきた連中が当座は特に面倒を引き起こす事はないのに、彼奴等を攻撃しようとして逆に自分自身の組織臓器を破壊してしま う場合もあります(ウイルス性肝炎の多くはこのようにして発症します)。

 最初のタイプの敵はわかりやすいです。相手が攻撃してきたら反撃せざるを得ませんし、予め敵が攻め寄せて来ないかどうか警戒(疫学的情報の収集、予防接種など)を怠る事もできません。傭兵(抗生物質)も必要です。

 二番目のタイプの敵はわかりにくいです。味方のはずなのに唆されて反旗を翻している訳ですから見分けにくく、もしも見逃してしまうと痛手を被ります(発 癌)。かといって攻撃すべき相手とそうでない相手をきちんと区別する事なく、怪しいと思い込んだら『有事、有事』と無境なく取り締まるのでは大変です(自己免疫疾患)。

 最後のタイプも大きな問題を抱えています。攻撃する場所が自分の体内である以上、自分自身の被害は避けられません(誤爆だってあります)。それでも攻撃 すべき相手なのかどうか、どの程度の攻撃を加えるべきか、適切な判断を下さなければならないのです。健康な子どもがEBウイルスに初感染すると多くの場合不 顕性に終わります。しかし成人の場合、抗ウイルス免疫の度が過ぎた病態〜つまり感染B細胞をウイルス特異的T細胞が派手に攻撃し、その際に戦場となるリン パ・網内系組織が障害を起し戦争の産物(炎症性サイトカイン)が全身に悪影響を及ぼす〜伝染性単核症を発症する事があります。大人が子どもよりも愚かな事を しでかす一例でしょう。もっとも全く攻撃しなければ、本来癌原性のあるこのウイルスは悪性リンパ腫を引き起す危険があるのですが。

 さて、実のところ私達は数多くの微生物と平和共存しています。現在敵扱いしている微生物の中には、本来共生していたものがヒトの側の勝手な変化に伴って 共生関係が崩れ仲違いしたものもあります(例えばヘルペスウイルス群による日和見感染が好例です)。抗菌抗菌と呪文のように唱え、表向きは清潔好きに見え る日本人は、不必要な抗生物質を乱用した挙句に耐性菌の宝庫と化し、細菌との共生関係を自ら崩してしまったように思われます。

 『敵』『味方』『防衛』と騒ぐのもいいのですが、あまり上っ面の論議にならないようにしてもらいたいものです。


 
長崎大学小児科学教室
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