ごあいさつ
 
コラム  
 
 
忘れられない患者さん達(米国編・その一)(平成18年12月)

 アメリカ時代に診療活動を行ったのは4年半ほどで、そのうち臨床に専念して働いたのは1年数ヶ月ではありましたが、NIH Clinical Centerを中心に、Walter-Reed Army Medical Center、Georgetown University Hospital、George Washington University Hospital、University of Maryland Hospital、そしてChildren's National Medical Centerなどの素晴らしい病院をローテーションしながら、忘れられない経験を随分しました。私の個人的な経験を若い医師達にお話して刺激するようなところがあるものかどうかわかりませんが、自分の記録かたがた時間を見つけてキーボードを叩いてみようと思います。

同性愛者の強い絆
 のっけから際物のネタを持って来たように思われるかも知れません。私が勤務したNIH Clinical Centerは臨床研究に特化した病院であり、全ての患者さんは何らかの臨床研究に参加していました。感染症病棟の半分近くを占めていたHIV感染者はIL-2大量療法という試験的な治療を受けにアメリカ全土から集まっていましたが、そこでの患者の多くは弁護士や歯科医師や高校教師などのいわゆるホワイトカラーに属する同性愛者の男性でした。日本人が同性愛者の男性に抱くイメージはどちらかというと中性的なタイプかも知れません(ご免なさい、単に私だけの偏った見方かも知れません)。でもここで私が出会った方々は殆ど全て、ギリシャ・ローマ時代の彫刻にみるような筋肉美で男らしい端正な顔立ちの男性ばかりでした。HIV感染者であることを隠すことなく、また最新の治療の可能性とリスクを理解した上で「自分のためにも他の感染者のためにもなるかも知れない」と積極的に臨床研究に参加する彼らは、知的で明るくユーモアに富み、そのことにかえってドギマギしてしまったことをよく覚えています。何しろ日本から感染症の研究のためにNIHにやってきたMDやPhDの多くが「ここのトイレはHIV感染患者も使うことがありますか?」と病棟で仕事をしている私に尋ね、「そうですよ」と答えるとトイレに入ろうか入るまいかともじもじしていた時代(1990年代後半)です。(もしかしたら今でも日本人の意識はそれほど変わってはいないかも知れませんが。)
 さて、治療プロトコールの新しいコースに合わせて入院してきた患者さん(弁護士さんでした)の問診を取っていた時のことです。現在服用している薬剤のリスト(その当時フルメニューで治療を受けていた患者さんは、抗レトロウイルス薬の多剤併用カクテル療法に加え、日和見感染を予防するための薬剤を合わせると、手のひらからこぼれんばかりの量の薬剤を毎日服用していました)を持って来ることを忘れたのに気付いた彼は、ベッドサイドで電話をかけ受話器の向こうの相手と和気藹々とやりとりをし始めました。メモを取り終わった彼は、”Thank you and see you soon. I love you, honey!”と話をくくって受話器を置きました。誰だったのかと尋ねる私に茶目っ気たっぷりに彼は”My lover!”と答えました。
 さてその次の週末、彼の病室を尋ねると彼のベッドに彼と一緒に仲良く横になって肩を抱き合っていた男性が、、、!そして彼は”Hi, Dr. Hiro! Let me introduce my lover!”とにこやかに私に呼びかけました。(ところで私は患者達にはDr. Hiroと呼んでもらっていました。ファーストネームで呼び合うアメリカ社会でMoriuchiなどという彼らが覚えにくい呼び方をしてもらっても、と思ったからです。)しかし―――決して狭くはないベッドが埋め尽くされるくらいに、二人とも筋肉ムキムキの体型でした(”Honey”というよりもむしろ”Bear”、、、)。しばらく一緒に世間話などして過ごしましたが、やりとりの中でその”lover”の方は未感染であり、つい先日も検査して抗体陰性であったことがわかりましたので、念のためにと私は彼らが”safe sex”(コンドームをちゃんと使用)しているかどうか職務質問(?)したところ、何とコンドームは使わないで“現役の”関係を保っているとのこと!「彼らの知的水準から(loverの方は経済学者か何かのようでした)その重要性が理解できないはずがないのに!」と驚いて何故かと尋ねてみると(長くなるので日本語で書くと)、「(loverの方)何故って、僕たちは愛し合っていて、二人の間にバリアは入れたくない。それによって感染のリスクがあるのはもちろん知っているが、彼と同じ病気になるのなら一緒に戦っていくからそれでいいんだ。」「(患者の方)もちろん彼に感染して欲しくはない。だけど、逆に自分が未感染で彼が感染していたとしても僕は彼と同じことをしただろうから、彼がそうしたいという気持ちを大切にしている。でもそのためにも自分の病気はしっかり治したいし、それによって彼の感染のリスクを下げたくもある。」さらに尋ねると、二人は知り合ってお互いに好きになった時に既に患者の方は自分の感染を知っており、そのことを率直に告げお互いの了解の元で一緒に暮らすようになったそうです。
 正直なところ、私は絶句してしばらくは言葉が出ませんでした。あまりにも率直かつ誠実な愛情の発露〜この二人にみられる信頼関係と愛情の絆に匹敵するような夫婦が、例えば日本国内にどれくらいいるだろうか、と考え込んでしまったものです。このカップルによると「自分達のような間柄は決して稀ではない」というのですが、、、。
 もちろん米国のHIV感染者がみんなこのような人達であるかのような誤解を与えてはいけないかも知れません。ワシントンDCの真っ直中にある某大学病院感染症科勤務時代には、自分がHIVに感染した事実を配偶者に隠し続けている人達にもたくさん会いました(そして、どうやらばれることを恐れて避妊具はつけないでいたようでした)。正直なところ、患者のプライバシーを守る義務と配偶者の健康を守る責任感の板挟みからパンクした私は、自分で判断することを放棄していつもattending doctorにどうすればいいか委ねてしまいました。

 誤解を招く言い方かも知れませんが、病気の中には何か悲劇的文学的な或意味”cool!”という雰囲気さえ醸し出し人からの同情を得やすいもの(例えば大正〜昭和初期のサナトリアム文学でもないですが)もあれば、人から忌み嫌われる類のもの(例えばついこの間までの[今でも?]ハンセン氏病)もあります。HIV感染は残念ながら後者に近いものであり、病気そのものの苦しみに追い打ちをかけるつらさがあります。もちろんその診療にあたる医師もそのつらさを共有し、やるせない気持ちになります。
 予定していたより長々とした文章になってしまいました。ここまで辛抱して読んで下さった奇特な方には申し訳ないのですが、正直どのように結ぶことができるのか自分でもわかりません。たぶんありきたりの言葉ではありますが、患者を診るということは病気を診ることに比べると重く深く広くしかもデリケートなことなのだということを実感させてくれたエピソードの一つになるのでしょう。


 
長崎大学小児科学教室
著作権表示