学生・研修医の皆さんへ

留学について
留学体験記(海外)
「私の留学―豪州と米国」 七島 篤志 (昭和63年卒業)
 1999年、ノストラダムスの予言による世の終末を危惧しながら、国外留学を模索していました。海外で実施外科診療を経験してみたい。肝胆膵外科医のはしくれなので、海外で学ぶならば肝移植しかないと思い、留学先を探しました。
 当時、internetも普及していない時期、25施設をピックアップして、ひたすら慣れない留学を申し出る手紙をそれらの施設に送り続けました。半年かかり3施設に絞られ、豪州のシドニー、カナダのカルガリー、イギリスのバーミンガムの中から、オリンピックが開催されるシドニーを選びました。
 幼い娘と妻を日本に残し、単身1年間留学し、日本語のない生活を1999年10月にスタートしました.着いてさっそくパソコンを盗まれ、アパートも決まらずの出だしでしたが、次第に生活にも慣れ海外生活でだいぶ鍛えられました。
 海外での問題はやはり英語です.多少に自信があったとはいえ、やはり仕事での問題は多く、聞き取れないことから、仕事を理解できていないと思われる悔しさを味わいました。それでも1年、頑張りぬいて多くの友人と出会い、貴重な経験をでき、なによりも50例の肝移植を経験することができました。この経験以降、海外の医療者との交流には何の不安も感じなくなり、大事な人生のひと時を有意義に過ごせたと思われます。
 豪州留学中に、米国への留学を志し、短期間ながらニューヨークに向かいました。この留学先も、誰の力も借りず自分でapplyし、留学までに行きつけたことは、今振り返っても図太い30歳台だったなと我ながら思います。
 2000年11月、寒いニューヨークに降り立ち、マンハッタンの最北端のハーレムのそばのアパートに住みかを得ました。第一の訪問先のアッパー・イースト高級な地域にあるMemorial Sloan-Kettering Cancer Centerまでは電車とバスを乗り継いで1時間、長崎の田舎者からすると長い通勤距離です。そこでは癌をメインとした肝胆膵外科の手術を見学し、ボスの手術ビデオを全部見させてもらい、手術で用いられる英語を覚えました。第二の訪問先は、ハーレムに近いMount Sinai病院で、肝移植と膵移植を見学しました。このころになると観光気分が大きくなり、夕方5時になれば、さっさと帰りマンハッタンをぶらついていました。おかげで、マンハッタンのほとんどの場所に行くことができ、その後違和感なく、訪れるたびに以前歩いた場所をいつも散策しています。NYは庭のようなものというのは言いすぎですが、非常に懐かしい場所となりました。
  今の私にとって留学は何のためにあったのかと考えるたびに、国際性をみにつけ、強い自分を気づきあげる1年3か月だったのだと考えます.この留学経験から、シドニーでの肺移植を、みなさんの留学先としてご紹介することもできましたし、貴重な論文もいくつか書き上げて、その後も有意義な結果を得ました。若い20歳台、30歳台の人たちには、与えられた機会を大事にすることも貴重ですが、自分の力で一から築き上げ、チャンスをつかむ経験も、ある一時期は是非挑戦してほしいと思います。強い自分が生まれるはずです!
 脈絡のない留学体験ですが、何枚かの写真からそのころの私の経験を推察してください。

オーストラリア アメリカ 七島篤志①
七島篤志② 七島篤志③
七島篤志④ 七島篤志⑤
「シドニー留学体験記」 宮崎 拓郎 (平成12年卒業)
 2007年1月から2008年3月までSt Vincent's Hospital Sydney、Department of Cardiothoracic Surgery and TransplantationのClinical fellowとして臨床留学して参りました。これから留学を考えている方々にお伝えしたいことは以下の「5つの力」です。偉そうに書いていますが、私は全てにおいて不足していた「力」です。

①英語力:最も必要とされる「力」。現地で慣れるだろうというのは甘いです。最近はオンライン英会話も発達しています、相当勉強してから行きましょう。それでも普通の人間は必ず苦しみます。

②経済力:雇い先から出ればいいですがなかなかそうはいきません。私も途中から給料が出ましたが無給は絶対止めましょう。必死で働いて信頼を勝ち取るか、できれば何らのグラントをとりましょう。貧乏に耐えうる家族かどうかも重要です。

③技術力:実験なら何らかの手技と学位、臨床なら最低専門医が必要です。臨床系は心臓外科の知識と技術があった方が絶対いいです。勢いで知識も技術も丸裸のまま渡航することはやめましょう。

④忍耐力:英語はもちろん日常生活など想像を絶する困難に必ずぶち当たります。ここで負けたら人としてどうなの?というくらいの忍耐力です。私が最も欠如していた「力」です。

⑤情報力:ラボ、病院、予め情報収集しましょう。行ったけどラボが火の車だった、全く手術をさせてくれなかった等よく聞く話です。奨学金情報などもこれに入ります。日頃からアンテナを立てておくことです。

 ネガティブなことが多くなりましたが、それでもやはり絶対に海外は行った方がいいです。移植はおそらく一生分経験できましたし、心臓外科の知識もつきました。それに加えて人間的にきっと成長できますし、家族ともゆっくり過ごせます。僕もくじけそうなときは未だにシドニーの写真を見ています。皆さん夢に向かって頑張ってください。

セントビンセント病院 苦楽を共にした仲間
セントビンセント病院 苦楽を共にした仲間
「海外留学のすすめ」 畑地 豪 (平成16年卒業)
 私は、現在米国コネチカット州のYale大学に研究留学をしております、畑地と申します。
 自己紹介を簡単にしますと、平成16年卒で、所謂スーパーローテート制度の第1期です。初期臨床研修の後、3年目で腫瘍外科に入局。県内外の病院勤務を経て、6年目で外科専門医を取得しました。また、同年に大学院(腫瘍外科学講座)へ進学し、4年間の研究生活の後、博士号を取得しました。その後、平成26年6月より1年間、Yale大学麻酔科Niklason Labに研究留学をしています。
 麻酔科とありますが、このラボはどちらかというと生命工学に重点を置いたラボで、脱細胞化・再細胞化の研究では世界でも5本の指に入るラボと思います。私はそこで、再細胞化肺の作成と移植モデルの作成、および移植後の機能評価を行っています。

 日本の移植医療における最大の問題点はドナー不足であり、脳死移植症例が増えてきているとはいえ、深刻なドナー不足は続いています。長崎大学は肺移植認定施設であり、我々にとってもこの問題は身近なものです。脱細胞化・再細胞化の技術はその解決策の一つとして期待されているものです。簡単な原理としては、組織から細胞をいったん除去し、細胞の足場のみを作ったうえで、新たに別の個体の細胞をその足場に接着させて組織を再構築します。この技術が臨床応用できるようになれば、移植を受ける患者さんによりマッチした臓器を作り出すことができることになり、移植後の拒絶反応の軽減や生着率の増加が期待されます。臨床応用までには克服しなければならない問題は数多くありますが、世界中から研究成果報告されてきています。
 外科医というと、常に手術をしていて、細胞工学の研究・実験と結びつくイメージが少ないかもしれませんが、外科医だからこそできる研究というものもあり、10年後、20年後を見据えながら世界の先端医療に携わっていけるように、日々研究を行っています。

畑地豪① 畑地豪② 畑地豪③