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動物の体のつくりを決めるタンパク質の協調的な進化
「生きている化石」に残っていた「生きている化石ドメイン」 
~多細胞動物の祖先にZicは存在していた~
Tohmonda et al., Mol Biol Evol. 2018

「動物の体のつくりは進化の過程で多様化する」とよく記述されますが、中には長い間、体の形を変化させていないと考えられている動物もいます。よく知られているのは、シャミセンガイやカブトガニなどでこれらは現在生きている動物が化石の動物と非常によく似ていることから「生きている化石」(系統的遺存種)などと紹介されることもあります。

私たちは動物の体のつくりを決める遺伝子が進化の過程でどのように変化して、それが体のつくりの変化にどのように関わってきたのかに興味を持って研究を続けています。(動物の体づくり遺伝子の進化過程の解明, Takahashiら、2008他)

今回、発表した論文で、ZicファミリーとMsxファミリーという二つの遺伝子ファミリーの進化の過程が非常によく似ているということを明らかにしました。これら二つは、どちらもDNAに働きかけ、他の遺伝子の働きをオン・オフにするスイッチとして働くタンパク質(転写因子)を作り出す遺伝子です。これまでに体づくり(発生)のいくつかの過程でZicタンパク質とMsxタンパク質が協調して働くことが知られていました。

たとえば、脳神経系の基となる、セキツイ動物の神経板の外側の部分では、ZicとMsxが重なるように発現しており(下図)、ここで一緒に神経細胞の個性付けを行っています。最近の報告では、センチュウやゴカイなどの無セキツイ動物の一部でも同様な関係がみられるとのことです。

私たちはZicの進化過程を明らかにする研究の中で、できる限り広い範囲の動物から、Zicタンパク質の構造(タンパク質の要素であるアミノ酸の配列)を集めました。遺伝子情報が集められている公開データベースからの情報の他に、自ら、遺伝子材料を採取して、それらの中にあるZic遺伝子の構造を決定しました。例えばこのビデオはカマキリに寄生するハリガネムシという寄生虫を実験室で採集しているところです。

DNAやRNAの配列から予測されたZicタンパク質のアミノ酸配列をお互いに比較したところ、進化の過程で保存された構造(保存ドメイン)が見えてきました。10年ほど前に同様の解析を行ったときはまだ遺伝子情報が限られていたため、保存ドメインは3個だけだったのですが、今回、新たに7個の保存ドメインを発見することができました(下図)。

これらの保存ドメインについて、保存の程度を比較してみたところ、保存性の最も高いものから順にカブトガニ(脱皮動物)、ギボシムシ(新口動物)、イカ・タコ類(冠輪動物)、シャミセンガイ(冠輪動物)でした。特に、一番左端のドメイン(0)はこれらの動物を含めた一部の動物にのみ存在していることから、「生きている化石ドメイン」と名付けました。これらの動物は、体のつくりが左右対称であり、共通の祖先(Urbilaterian、左右相称動物共通祖先)から進化してきたものと考えられています。そこで、左右相称動物共通祖先にはこれらの保存ドメインが全て備わっていたのではないかと推測できます。また、同時に「体のつくりが進化の過程で変化しない動物ほど、Zicタンパク質の構造が変化しないのではないか」という仮説が生まれました。

一方、Zicタンパク質の中のいくつかの保存ドメインの保存の程度とMsxのホメオドメイン(DNAやタンパク質との結合に関わるドメイン)の保存の程度が強く相関していることがわかりました。また、実際にZicタンパク質とMsxタンパク質を用いた実験を行い、結合することをさまざまな動物由来のZicタンパク質とMsxタンパク質で見いだすことができました(下図)。

この研究では、もう一つ大きな発見がありました。それはZicタンパク質の起源についてです。これまでZicタンパク質は左右相称動物とクラゲの仲間(刺胞動物)と平板動物(センモウヒラムシ)には存在することが知られていたのですが、カイメン動物には存在しないものと考えられていました。確かに海綿動物の大多数である普通海綿綱というグループに分類されるカイメンのゲノムにはZicは見つからないのですが、少数派である石灰海綿綱と同骨海綿綱にはZicが存在していたのです。

多細胞動物の系統発生の根源の部分については、進化研究者の間でもまだ議論が続いており、決着がついていない部分があります。下に示した系統樹はその中の一つの説ですが、今回の結果から、Zicタンパク質はカイメン動物を含めた多細胞動物の祖先に存在していた可能性が非常に高いと言えます。そして、普通海綿綱に属するカイメンでは彼らの体のつくりや生活様式にZicタンパク質が必要なかったので、Zic遺伝子は消滅してしまったのでしょう。

今回の研究の結果は、進化の過程で起きる体のつくりの変化のしくみの理解に貢献するものと考えています。いっぽう、「体のつくりが進化の過程で変化しない動物ほど、体のつくりを決める遺伝子の構造が変化しないのではないか」という仮説の検証や「新たに見つかった保存ドメインはZicタンパク質の機能や構造にどのような役割を持つのか」といった問題の解決が、次の課題として残されています。

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