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てんかん性脳症患者で見つかった抑制性シナプス誘導因子SLITRK3の変異
Efthymiou et al., Front Mol Neurosci (2024)

  • てんかん性脳症の3家系でSLITRK3の遺伝子変異が見つかる
  • これらの変異は全てSLITRK3タンパク質の抑制性シナプス形成能を損なう
  • SLITRK3を欠くマウスには、てんかんや発達障害関連の症状が表れる
  • SLITRK3の欠損により、特定のGABA性神経細胞群の細胞数が減る

脳の中では数多くの突起を持つ神経細胞がお互いに結合することにより、ネットワークが造られています。ひとつひとつの神経細胞は電気を使って、細胞の中で脳の働きの基本となる信号を作り出しています。この信号をもとに、神経細胞どうしで情報をやりとりするには、「シナプス」という構造が重要な役割を果たします。

シナプスは、神経細胞と神経細胞の接続部の構造をいい、情報を伝えたい神経細胞の末端(シナプス終末)に蓄えられた化学物質(神経伝達物質と言います)が、情報を受け取る側の神経細胞の末端にある「受容体」に結合することで情報を伝えます。

この情報は隣の神経細胞に電気信号を発生させるように命令する「興奮性」の情報と、電気信号の発生を抑えるように命令する「抑制性」の情報の2パターンがあります。この命令の違いは、先ほど述べたシナプス終末から出された神経伝達物質の種類によって変わります。

哺乳類の脳では主な興奮性(電気を作る命令)の神経伝達物質はグルタミン酸で、反対に抑制性(電気を抑える命令)の神経伝達物質はγアミノ酪酸(GABA)であることが知られています。興奮性と抑制性の情報はどちらも大切で、両者の神経伝達がバランス良く機能していることが、脳の働きには重要です。

私たちは以前の研究で、抑制性(電気を抑える)の神経伝達を行うシナプス(これを抑制性シナプスまたはGABA性シナプスと言います)が形成されるときに働くSLITRK3というSLITRKファミリータンパク質を発見しました。(SLITRK3は抑制性シナプス形成に重要なタンパク質を発見)。今回の研究では、ヒトのSLITRK3の遺伝子が変異すること(タンパク質の機能が低下したりなくなったりすること)がてんかん性脳症と関連しているらしいことがわかりました。またマウスのSLITRK3には、抑制性の(電気を抑えるように伝える)神経伝達物質であるGABAを分泌する神経細胞(これをGABA性神経細胞といいます)の数を維持する働き、そして多動や社会行動の異常を抑える働きがあることを明らかにしました。

ここからは具体的な研究内容について述べていきます。

共同研究者の英国ロンドン大学のステファニー=エフィミョウ博士らは、神経発達障害を伴うてんかん性脳症患者を対象にエキソームシーケンシングという方法で、遺伝子変異を探索しました。その結果、3つの独立した家系で、計5名の患者の遺伝子の中にSLITRK3遺伝子の変異が見つかりました。これらの変異が入ると遺伝子から作られるSLITRK3タンパク質の構造に異常が生じ、タンパク質が一部しか産生されない短いタンパク質断片ができるものと、タンパク質を構成するアミノ酸が一部置き換わったものが作られてしまいます(下図)。これらのうちGlu221Trpfs*15変異(221番目のグルタミンがトリプトファンに置き換わり、それ以降は15個の異常なアミノ酸が並ぶ変異)は小さなタンパク質の断片しか造らないと予想されます。

SLITRK3タンパク質の構造と変異
Efthymiou et al., Front Mol Neurosci 2024; 17. 1222935. より引用

共同研究者のアメリカ国立衛生研究所のウェイ=ル博士らが残りのCys566Arg型変異(556番目のシステインというアミノ酸がアルギニンというアミノ酸に置き換わったもの)とGlu606X型変異(606番目のグルタミンというアミノ酸がなくなってしまい本来より短いタンパク質になってしまったもの)のSLITRK3タンパク質の性質について調べてみたところ、これらはいずれも正常のSLITRK3が持っている抑制性(電気を抑える)シナプスの数を増やす性質が大きく失われていることがわかりました。

SLITRK3変異の見つかった患者では、乳幼児期に発症するてんかん性脳症の症状に加えて、発達遅延、知的障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)のなどの症状がありました。本当にSLITRK3がなくなるとてんかんやこれらの症状が引き起こされるのでしょうか。

この点について検討するために、まず私たちはSLITRK3を欠損するマウスを用意して、その症状を観察しました。てんかんに関連した症状としては、けいれん誘発薬によってよりけいれんが起きやすくなっていることや脳波の異常があることがわかっています。それ以外の症状についても調べてみたところ、多くの行動試験でSLITRK3を欠損するマウスは活発に動き回る(過活動がある)ことがわかりました。また、高架式十字迷路という不安を調べる実験装置では、60cmほどの高さがある通路から約1/3のマウスが飛び降りてしまうことが、観察されました。

高架式十字迷路
Efthymiou et al., Front Mol Neurosci 2024; 17. 1222935. より引用

正常のマウスではこのような極端な行動はほとんど観察されません。その他に、音に対して驚く反応が弱くなっていることや、初めて遭遇する他のマウスに近づいていく行動が減ること(社会性行動の異常)なども観察されました。これらの行動異常を総じてみると、SLITRK3欠損マウスには、てんかん症状に加えて、ADHDの様な行動異常もしくは認知機能の異常があるのではないかと考えられました。また、これらの結果はヒトSLITRK3の機能不全がてんかん性脳症や発達障害に関連した症状の原因になるのではないかという仮説を支持するように見えます。

次に、SLITRK3を欠損するマウスの脳の中で何が起きているのかを調べるために、私たちは生きた動物で脳全体を解析できるMRIでSLITRK3欠損マウスの脳の各部位の体積や容積に異常が無いかを探索しました。しかし、はっきりとした異常は見つかりませんでした。

過去の研究では、SLITRK3が欠損すると抑制性(電気信号の発生を抑える)シナプスの数が減少することが明らかになっています。また、神経細胞はシナプスを形成できないと死んでしまう性質があります。これらのことから私たちは、SLITRK3が欠損すると抑制性シナプスが形成されにくいことで、抑制性神経細胞自体の状態が変わるのではないかと考えて、抑制性神経細胞(GABA性神経細胞)の数を測ってみることにしました。抑制性神経細胞はいくつかのグループに分類されており、グループ毎に役割が違っていることが知られています。今回の解析ではパルブアルブミンというタンパク質を産生する抑制性神経細胞の数が、脳の海馬という部位で減少していることが明らかになりました。これまでに知られている知見と組み合わせると、SLITRK3欠損マウスに表れた行動異常の一部はパルブアルブミン型抑制性神経細胞の減少と関連しているのではないかと考えられます。

てんかん性脳症の遺伝的な原因は現在約30%の症例で明らかになっています。今回の研究はてんかん性脳症の原因遺伝子研究に新たな1頁を加えることになると期待しています。一方、脳全体でみたときにSLITRK3というタンパク質がどのような神経回路の機能に重要であり、どのように脳の機能の成り立ちに関わるのかについての理解はまだ十分ではありません。今後の研究の進展に期待しています。



用語解説

SLITRKファミリー膜タンパク質

脳神経系に存在する膜タンパク質ファミリーとして私たちが名付け、2003年に論文発表しました。その後、私たちを含めた複数の研究グループにより、SLITRKファミリーの遺伝子変異が強迫スペクトラム障害や近視難聴合併症と関係することが明らかになりました。

てんかん性脳症

てんかんの発作だけでなく、脳の他の機能にも影響を及ぼす病気で、乳幼児期に発症するものです。発症の原因としては脳の形成障害や代謝異常症などの出産時の虚血性脳症、外傷性、感染性などが原因であるものの他に、遺伝子異常が原因であるものがあります。

エキソームシーケンシング(Exome sequencing)

私たちの体を作るための指示が書かれた「設計図」であるDNAの、特に重要な部分を調べる方法です。DNAは、体のさまざまな部分がどのように作られ、機能するかを決定する情報を持っています。このDNAの中で、「エキソン」と呼ばれる部分は、実際に体を作るための指示が含まれている部分です。人間のDNA全体で見ると、エキソンは全体のごく一部しか占めませんが、遺伝子の中で重要な役割を果たしています。エキソームシーケンシングでは、このエキソン部分だけを取り出して、その順序や構造を詳しく調べます。これにより、遺伝子に変異があるかどうか、また、その変異が病気の原因になっている可能性があるかどうかを知ることができます。

高架式十字迷路

マウスを高さのある十字型の道の上に置きます。この十字型の道には図のように片方の道筋にのみ壁がつけられており、マウスが下をのぞき込むことはありません。もう一方の道筋には壁が無く、下をのぞき込めるようになっています。この十字型の道の上にマウスを置くとマウスはあちこち動き回りながら自分のおかれた状況を知ろうとします。これまでに数多くのマウスがこの試験をうけていますが、多くの研究者により不安の強いマウスほど、壁の無い道にいる割合が少なくなるという傾向が認められています。

認知機能

認知とは理解・判断・論理などの知的機能を指し、精神医学的には知能に類似した意味であり、心理学では知覚を中心とした概念です。心理学的には知覚・判断・想像・推論・決定・記憶・言語理解といったさまざまな要素が含まれます(https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/ )。ここでは、マウスの脳機能のうち、環境や課題への適応的行動、社会性行動につながるものを総称して、認知機能というという言葉を使っています。

パルブアルブミン陽性の抑制性神経細胞

海馬ではバスケット細胞という細胞がこれに該当します。このタイプの神経細胞はエネルギーを多く消費し、生体内のストレスによって障害をうけやすく、統合失調症など多くの精神神経疾患の病態と関連することが知られています。

てんかん性脳症の遺伝的な原因

近年の中国の50症例の早期乳児てんかん性脳症を対象にした研究だと37%症例で原因遺伝子が同定され、ナトリウムチャネル(SCN1A)の変異が最も多い(18%)ということです。(Liu et al., https://doi.org/10.3389/fneur.2021.633637)


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