卒業生へのメッセージ

令和3年度長崎大学医学部医学科卒業生への祝辞

 医学科卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんは医学部での勉学を終え、これから医療人となるべく希望に胸を膨らませていることと思います。

 2年前、新型コロナウイルス感染症が拡大し、皆さんの大学生活は大きく変化しました。待望の病院実習が始まって間もない頃に、オンライン実習に切り替わったことに不安があったことと思います。我々もオンラインでの実習を余儀なくされ手探りの状態でした。対面での実習が再開してそれを挽回するようにカリキュラムを組みましたが、十分であったか一抹の不安が残ります。皆さんはこれから研修医になりますが、今まで以上に実地での修練を積んでいただきたいと思います。

 この新型コロナウイルス感染症の記録を後生に残すべく、長崎大学コロナ記録集「100年後の大学人に残したい証言」がまとめられています。新型コロナウイルス感染症が猛威をふるい、その時我々がどのように対応したかが後生に残されます。最初はウイルスの正体がわからず恐怖心に襲われましたが、感染機序、予防法、ワクチン開発、治療法開発などの新しい知見はいち早く一流誌に発表され、長崎大学も大きな貢献をして来ました。医学の力でその正体が明らかになり制圧される過程をリアルタイムで体験したと思います。皆さんが医療人になってからも未知の疾患は繰り返し発生すると思いますが、自分の頭で考えて行動する力で、その克服に向かって挑戦しください。

 現在医療は急速に進歩しています。遺伝子の配列は格段に速く読めるようになり、一人一人の遺伝子に基づく個別化医療が現実となりつつあります。またAIの利用も急速に進んで、画像診断の領域では専門医の診断を上回る例も報告されています。がんを初めとする様々な疾患の病態が解明され、分子を標的とした治療が広く行われています。ロボットや機械の開発も進み、ロボット手術は標準的な治療となり、心不全の患者が補助人工心臓のみで生きるdestination therapyも昨年から始まっています。また医療のデジタルトランスフォーメンションも急速に進んでいます。これらの医学、医療の進歩に対して常にアンテナを張り、新しい時代の医学、医療を是非切り開いていただきたいと思います。

 1ヶ月程前からロシアがウクライナに侵攻し、子どもを含めた一般人が犠牲になっているのは痛ましい出来事です。特に原子力発電所にも攻撃を仕掛けていることは由々しき事態です。私は1986年に医学部を卒業しましたが、国家試験後多くの同級生がヨーロッパに卒業旅行に行っていました。しかし4月26日にチェルノブイリ原発事故が起こり、同級生達が青ざめて急遽帰国して来たことを昨日のことのように思い出します。長崎大学はチェルノブイリ原発事故での健康被害を調査し、被害者救済支援や被ばく医療学に関する研究で世界的な活躍をしたことは皆さんご存知の通りです。また長崎大学は、世界で唯一、被爆を経験した医科大学であり、今回のロシアのウクライナ侵攻と「核の恫喝」に対し、いち早く抗議声明を発表しました。ウクライナの人々の無事と平和の回復を心から願うとともに、皆さんにも今後の動向を注視していただきたいと思います。

 2024年には医療界に大きな変化がおこることが予想されています。医師が労働者なのか専門職なのかは議論のあるところですが、2024年から医療界も働き方改革に対応しなければならず、現在どの病院でもその対応に追われています。今後は労働時間が管理されることになり、医師の働き過ぎが緩和されることは喜ばしいことではありますが、今ここで皆さんは改めてポンペの言葉を胸に刻み、これから医療人となる中でその背景にある精神は、持ち続けていただきたいと思います。

 かつて多くの若者が長崎の鳴滝の地でシーボルトの教えを受け、日本中に西洋医学を広めました。またポンペから教えを受けた若者が日本の西洋医学の礎を築きました。皆さんが、長崎大学医学部の卒業生である自覚と誇りをもって、今後の医療、医学界で羽ばたくことを楽しみにしています。

 以上をもちまして私の祝辞とさせていただきます。本日は誠におめでとうございます。

令和4年3月25日
長崎大学医学部長
前村 浩二