令和7年度長崎大学医学部医学科卒業生への祝辞
親愛なる卒業生の皆さん、学士(医学)の学位取得、誠におめでとうございます。長崎大学医学部医学科の教職員を代表し、心よりお祝い申し上げます。また、今日まで皆さんを慈しみ、支えてこられたご家族、保護者の方々にも、深い敬意と感謝を申し上げます。
皆さんがここに至るまでの歩みを、あらためて思い起こしてみてください。今日という日を迎えるまでに、皆さん一人ひとりに、それぞれの苦労や迷いがあったことと思います。
ウクライナの戦禍、中東の緊張、そしてAI技術の急速な進展―― 当時、これほどまでに不確実な世界の姿を、誰が具体的に思い描いていたでしょうか。
予測できると思っていたものが揺らぎ、当たり前であったものが、もはや当たり前ではなくなる。その変化は遠い出来事ではなく、すでに皆さん自身の足元に及んでいます。その現実の中で、皆さんは医学・医療を学び、今日という日を迎えています。
こうした変化は決して遠い世界の話ではありません。社会が揺らぎ、資源が限られ、人々の価値観が揺れるとき、その影響は生活と健康に及び、医療の現場に現れます。そしてそのしわ寄せは、医療を必要とする人々のもとに、より深く、より避けがたく届きます。医療とは、安定した条件のもとでのみ成り立つものではありません。むしろ、条件が崩れたときにこそ、その限界と本質が露わになります。医療は現実の外側にはありません。現実のただ中でしか、成り立ちません。
だからこそ、皆さんがこれから携わる医療は、理想通りに進むとは限りません。皆さんが実習で経験した離島や僻地の医療を思い浮かべてください。そこには十分な資源はなく、すべての望みに応えることもできない。膨大な知識さえも無力に思えるその現場で、最後に問われるのは、それでもなお踏みとどまる覚悟です。
「いま、この病める人の前に立つのは、誰なのか。」
その問いに、思わず目をそらした経験を、皆さんも一度は持っているはずです。引き受けるのか、それとも立ち去るのか。その峻厳な選択から、逃げないこと。それが医療の本質です。
本学の前身である長崎医科大学は、原子爆弾投下により壊滅的な被害を受けました。医療の場は、一瞬にして失われました。助けを求める声に応える術すら、奪われてしまったのです。医療が失われるとは、どういうことなのでしょうか。それは、人が人として支えられる関係そのものが断ち切られ、人間としての尊厳すら守られないまま、命が失われていくことを止められない、ということです。その断絶の中で、人は最も無力な存在として取り残されました。助けを求める声があっても、応える手はなく――。瓦礫の山に閉ざされ、倒れた人々の手に届くはずの手は、そこにはありませんでした。呼びかける声は、そのまま途切れていきました。そのような時間が、現実に存在したのです。
しかし、その瓦礫の隙間に、かすかな光が差し込む瞬間もありました。倒れた人々に向かって、誰かがわずかでも手を伸ばす――。その一瞬が、絶望の中に希望の芽を残したのです。この事実は、過去の出来事ではありません。いまもなお、私たちに問い続けています。
「命を救うために、私は何ができるのか」 「助けを求める人の前で、私は立ち尽くさずに手を差し伸べられるのか」
そして、その問いに応えるかのように、先人たちは瓦礫の中に立ちました。限られた資源、あるいは資源など何もない中で、傷ついた人々に手を差し伸べ、再び医療を築き上げていきました。それは単なる復旧ではありません。「それでもなお、人を救う側に立つ」という、一人ひとりの医師の覚悟に近い選択の積み重ねでした。
本学の原点を形づくるものとして、ポンペ・ファン・メーデルフォールトの言葉があります。
「医師は自らの天職をよく承知していなければならぬ。ひとたびこの職務を選んだ以上、もはや医師は自分自身のものではなく、病める人のものである。もしそれを好まぬなら、他の職業を選ぶがよい。」
この言葉は、滅私奉公を求めるものではありません。医師という職業を選んだ者に突きつけられる「覚悟」の問いです。医師であるということは、特権を得ることではなく、他者の人生に対する責任を引き受けることなのです。その責任は、状況が整っているときよりも、むしろ整わない不確実な状況の中でこそ、より重く現れます。
医療を受ける人は、不安の中に立っています。痛みや苦しみだけではありません。これからどうなるのか、生活はどうなるのか、生きていけるのか?そのすべてを抱えながら、皆さんの前に立ちます。
そのとき医師に求められるのは、正しさだけではありません。その場に立ち続けることです。
AIの進展は、医療のあり方を確実に変えていきます。診断を支援し、知識を提示し、意思決定を補助する。その力は今後さらに大きくなるでしょう。しかし、忘れてはならないことがあります。AIは選択肢を提示することはできます。しかし、その選択の結果に伴う重みを引き受けることはできません。その重みは、必ず医師に残ります。引き受けるのは、結局、医師です。どれほど技術が進歩しても、医療から不確実性が消えることはありません。正解のない問いに立ち止まることもあるでしょう。
しかし、そのとき立ち戻るべき場所は一つです。
「いま、この病める人のために何ができるか。」
その問いは、これまでも私自身に、そしてこれからも皆さんに、繰り返し向き合うことを求めてきます。そして、その問いに、ただ一つの正しい答えがあるわけではありません。
それでも、その問いに向き合い続けることが、目の前の人に向き合うということです。
医療は、医師のためにあるのではありません。医療を必要とする人のためにあります。
皆さんの一つの判断、一つの言葉は、一人の人生に深く関わります。それはやがて周囲へと広がり、確かな信頼となっていきます。予測しきれない時代にあっても、確かなものは、こうした日々の積み重ねの中にしか存在しません。目の前の一人に誠実であろうとするその姿勢は、やがて個人の信頼を超え、人が生きていく現実そのものに、直接関わっていきます。そしてその営みは、次の世代へと受け継がれていきます。皆さんの歩みは、これからの医療のあり方そのものを形づくっていくものです。どうか忘れないでください。医療とは、選び、その結果を引き受け続ける営みです。その営みを支える覚悟を、どうぞ勇気を持って医療の現場へ向かってください。そのとき、迷うことがあっても構いません。
最後に、ただ一つの問いだけを残します。
「いま、この病める人の前に立つのは、誰なのか。」
皆さんの前途が、苦難の中にも確かな希望に満ちたものであることを心より願い、式辞といたします。
令和8年3月25日
長崎大学医学部長
池松 和哉